| 8日目 |
| 民族主義の大きさ |
|
あっという間にリビア旅行も最終日となる。今日は午前中は人民博物館に行き、食事後は空港に行ってそのままドバイ経由で帰国というスケジュールである。朝、ホテルをチェックアウトする前に、荷物を整理して、ついでにリビアの紙幣を改めて写真に撮る。リビアの通貨リビア・ディナール(LD)は1米ドル=1.4LDほど(日本円で80円ほど)と割と単位は大きいのだが、LD以下の補助単位が無いので、1/2ディナール札、1/4ディナール札といったお札が存在する。しかも、硬貨は存在しないという。というわけで、リビアで流通している通貨は、実際には下の4種類しか無い。一番額の大きい10ディナール札の肖像はオマル・ムフタール、1ディナール札がカダフィ大佐、1/2ディナール札が工場、しして1/4ディナール札がレプティス・マグナの旧市街の入り口にあるトラヤヌス門である。一応「社会主義国」となってはいるが、お札の図柄の選択を見る限り、多分に民族主義の色彩が強く感じられる。
![]() ![]() さて、ホテルを出て、市内の中心の「緑の広場」に面した人民博物館へ。オスマン・トルコ時代までは「トリポリ城」として、行政施設と軍の駐屯地を兼ねた施設として使われていたという。このため、外観は完全に城塞風である。中に入ると、最初の部屋にビーナス像と、レプティス・マグナから持ってきたという紀元2世紀のモザイク文様が展示されている。前者のビーナス像は、イタリア占領時代に海外に持ち出された後、最近戻ってきたという曰く付きの像なのだそうである。その次の部屋には、一応のお約束という訳か、リビア全体の地図と一緒に、カダフィ大佐の愛車であったというフォルクス・ワーゲンのビートルが飾ってあったり、「緑の書」もしっかりおいてある。とはいえ、カダフィ大佐の大きな絵が吹き抜けに飾ってあるレプティス・マグナの博物館に比べるとかなり控えめである。どうも、この博物館の展示構成に当たってはユネスコの支援を受けたというのも理由の一つらしい。 ![]() ![]() ![]() その先の展示は完全に年代順になっている。先史時代に始まり、ギリシャ、ローマ、イスラム期、と続いていく。また、地理的にも、地中海沿岸部のみではなく、砂漠の南の方にある先史時代のアカクスの洞窟などもきちんとカバーしている。アラビア語ではあるが、解説文も多い。このあたりはユネスコの支援を受けたと言うだけあって、なかなかレベルの高い博物館である。ただし、英語の解説文が少ないので、ガイドを付けるか、Lonely Planetでも持っていかないと訳がわからないという難点はある。また、写真撮影も、フラッシュを炊かない限りは一応自由であったものの、展示品保護のために暗くなっている部屋が多く、まともに撮れるのはギリシャ・ローマ時代の部屋のみであった。展示されているものも、遺跡からの出土品のうち、保存状況の良いものを選んでおいてある。また、レプティス・マグナのセヴェルス帝の凱旋門のレリーフも、レプティス・マグナの門にはめ込んであるのはレプリカで、本物はこちらに展示してある。 ![]() ![]() この博物館は4階建てなのだが、ここまででフロアの半分である。3階は主にイスラム時代なのだが、イスラム時代の各部族のテントや生活環境の再現などでフロアの大半が占められ、2階までの展示とはかなり雰囲気が異なる。4階は、19世紀以降、オスマン・トルコが弱体化する中でリビアが海外からの侵略にいかに抵抗してきたかを示す展示のフロアであるようだが、こちらは改装中ということで入れなかった。 ここまででガイド付きの時間は終わり、自由時間となったので、博物館内をもう一度ゆっくり周り、その後周囲を散歩する。アラブの他の大都市同様、朝が遅いトリポリであるが、この時間になるとそれなりに人が集まって都市活動が始まっている。市場を冷やかしたりしながら町をもう一回ゆっくりと周っていると、すぐに時間が経ってしまった。昼食は、リビアでの最後の食事と言うことで、これまた高級レストランであった。前菜の揚げ餃子風の料理に始まり、スープ、メインの魚、デザートとしっかりした料理が並ぶ。食事後、買い物をして空港へ向かう。インドネシアのメガワティ大統領が来ると言うことで、空港への道はインドネシアの国旗が飾られていた。後は、またドバイ経由で日本に帰るのみである。 前菜を準備しているレストランのキッチン(上)とインドネシア・リビアの両国旗が飾られた通り(下)
![]() ![]() |
|
|
|
本ページ掲載の情報・事実の解釈・意見は、特段の言及がある場合を除きすべて筆者の個人的見解であり、内容の正確性などについては一切保証されません。また、本ページ掲載の情報は特定の金融商品(有価証券含む)の売買の推奨を目的としてはおりません。 |